大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所上田支部 昭和47年(ワ)5号 判決 1976年4月08日

原告 国

訴訟代理人 伊藤瑩子 太田陽也 佐藤信幸 ほか四名

被告 山崎直 ほか一名

主文

1  原告に対し、

(一)被告らは各自金二五七三万九六〇八円及びこれに対する昭和四〇年五月一一日から支払ずみに至るまで年五分の金員

(二)  被告滝沢保は金一八六〇万円及びこれに対する昭和四〇年三月二一日から支払ずみに至るまで年五分の金員

を支払うべし。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  この判決は、原告において被告山崎に対し金八〇〇万円同滝沢に対し金一四〇〇万円の各担保を供するときは、その被告に対し、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

1  原告に対し、

(一) 被告らは各自金二五七三万九六〇八円及びこれに対する昭和四〇年五月一一日から支払ずみに至るまで年五分の金員

(二) 被告滝沢保は金一八六〇万円及びこれに対する昭和四〇年三月二一日から支払ずみに至るまで年五分の金員

を支払うべし。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告の請求は棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二原告の請求原因

一  被告らの地位

被告山崎は昭和二八年九月三〇日以降長野県更級郡上山田町(以下、「町」という)の収入役及び上山田戸倉上水道組合(以下、「組合」という)の収入役として町及び組合の会計事務一切を担当していたもの、被告滝沢は昭和三三年六月一日以降戸倉郵便局(長野県埴科郡戸倉町所在)の局長代理として局長である訴外柳沢勝三を補佐して同局の事務を処理していたものである。

二  被告らの共同不法行為(簡保積立金騙取行為)

1  被告らは、訴外柳沢勝三と共謀のうえ、町又は組合の名義で簡易生命保険郵便年金積立金短期借受手続を利用して簡易保険積立金を騙取しようと考え、別表一記載のとおり昭和四〇年四月五日頃及び同年五月一日頃戸倉郵便局において簡易生命保険郵便年金積立金短期借入申込書用紙に借入金額その他必要事項を記入し、借入団体として上山田町長小山茂樹千又は上山田戸倉上水道組合長小山茂樹千と記入したうえ、被告山崎が職務上保管していた同町長又は同組合長の職印をその横に押捺し、もつて、同町長又は同組合長の記名捺印のある郵政大臣宛の借入申入書をそれぞれ偽造し、同年四月六日頃及び五月六日頃これを真正に成立した如く装つて関係書類を添付して長野郵政局長に提出して同局長及び係員らをして町又は組合が真実借入れを申入れたものと誤信させて同年四月一〇日頃及び同年五月一〇日頃戸倉郵便局において町又は組合に対する積立金短期貸付名下に合計金三六〇〇万円の交付を受けてこれを騙取した。

2  被告らの右共同不法行為により、原告は金三六〇〇万円の損害を蒙つた。

三  被告滝沢の不法行為(郵便貯金横領行為)

1  被告滝沢は訴外柳沢と共謀のうえ、同柳沢が事実上経営し、被告滝沢が経理事務にあたつていた訴外株式会社信栄の運営資金に充てる目的で、別表二記載のとおり昭和三八年三月一五日から昭和四〇年三月二〇日までの間合計一二回にわたり、戸倉郵便局において同郵便局に貯金された定期郵便貯金及び通常郵便貯金合計金一八六〇万円を正規に国庫に歳入受入手続をしないで横領した。

2  被告滝沢の右不法行為により、原告は金一八六〇万円の損害を蒙つた。

四  結論

よつて、原告は、被告らに対し各自金三六〇〇万円のうち末だ返済を受けていない金二五七三万九六〇八円及びこれに対する最後の不法行為の日の翌日である昭和四〇年五月一一日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の遅延損害金の支払を、被告滝沢に対し金一八六〇万円及びこれに対する最後の不法行為の日の翌日である昭和四〇年三月二一日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める。

第三被告らの請求原因に対する答弁及び抗弁

一  請求原因に対する答弁

1  被告山崎

請求原因一項の事実は認める。

同二項の事実中、被告山崎が別表一番号12の各借入について借入申込書の偽造に関与した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

同四項は争う。

2  被告滝沢

請求原因一項の事実は認める。

同二項の事実中、被告滝沢が各借入申込書を作成したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告滝沢は、上司である訴外柳沢の命令に従い、同訴外人が決定した借入金額、借入団体名等を借入申込書に事務的に記入したに過ぎず、訴外柳沢がこれを使用して金員を騙取したことは被告滝沢と関係のない事柄である。

そして、被告滝沢の右行為が、結果において原告に損害を与えたとしても、被告滝沢は、当時、公私に亘つて訴外柳沢の命令を拒絶できない立場にあり、全く意思決定の自由を失つていたものであるから、不法行為責任を負担すべき筋合のものではない。すなわち、被告滝沢の勤務する戸倉郵便局は所謂特定郵便局であつて、特定郵便局における局長の権限はその職が世襲制のこともあつて非常に強いものがあるうえ、訴外柳沢は長野郵政局管内髄一の顔役であつたから、同訴外人の命令はその是非を問わず絶対的に服従せざるを得ない状況にあり、また、被告滝沢は、自らはもとよりその親族の就職についても同訴外人の世話になつていた関係から、同訴外人の命令には機械的、事務的に従わざるを得なかつたのである。

同三項の事実中、訴外柳沢が訴外信栄を事実上経営していたことは認めるが、原告主張のような貯金がされたことは知らないし、その余の事実は否認する。被告滝沢は、訴外柳沢の命により訴外信栄の決算期に税務署に対する申告書類を作成していたに過ぎず、同会社の経理を担当したことはない。また、貯金事務の処理についても訴外柳沢に命令されるままに運用していたものである。

同四項は争う。

二  抗弁

1  過失相殺(被告ら)

簡保積立金騙取事件(請求原因二項の事実)については、原告側にも次に述べる過失があるから損害額の算定についてこれを斟酌すべきである。

(一) 本件一連の騙取事件の主導的立場にあつたのは、戸倉郵便局長である訴外柳沢であつて、騙取金はすべて同訴外人の事実上経営する株式会社信栄の赤字の穴埋めに費消されたものであるところ、被告滝沢は局長代理として上司である同訴外人の命により、被告山崎は上山田町収入役として同町に対する正規の簡保金融資の決定権を握つている同訴外人の協力要請により、いずれも止むなくこれに協力したもので、全く、従的な立場にしかなかつたものである。したがつて、訴外柳沢局長がいなければ本件騙取事件は発生しなかつたものであるところ、かかる局長を選任し、かつ、その監督を怠つていた原告には重大な過失が存する。

(二) 次に、貸付側である長野郵政局の貸付担当職員にも貸付手続上重大な過失があつた。すなわち、簡保積立金の貸付については、簡保積立金融通規則、簡保積立金地方公共団体に対する短期融通取扱方針、簡保積立金地方公共団体に対する融通並びに償還事務取扱要領に基いて、借入申込書の形式のみならず内容を慎重に審査し、少しでも疑義のある場合には実地調査をしたり、又は借入団体に照会する等の配慮をしてその申込を厳格に審査すべきである。ところで、本件の借入申込書は、町又は組合の他の正規の借入申込書と対比すれば、借入申込の理由・人口・戸数等が出鱈目で偽造であることが容易に判明するものであつたにも拘らず、郵政局の担当職員はこれを看過し、また同局保険部運用課長の実地調査(別表一番号1について)も形式的であり、本件一連の貸付手続において担当職員は、前記規約を遵守するというよりは、むしろ、右の規約に違背しても訴外柳沢に特別の便宜を計つたともみられるのである。そして、郵政局側の前記過失がなければ本件は完全に防止し得たものであるから、担当職員の監督を怠つていた原告には重大な過失が存する。

2  被告滝沢の時効の抗弁(業務上横領事件について)

原告の被告滝沢に対する請求原因三項の損害賠償請求は、昭和四七年二月一七日に訴が提起されたものであるところ、被告滝沢の不法行為責任は次の事由により時効によつて消滅しているから、被告滝沢は本訴において右時効を援用する。

(一) 本件不法行為の最後の日は昭和四〇年三月二〇日であり、原告は前同日にその損害及び加害者を知つたものであるから、被告滝沢の不法行為責任は同日から三年を経過した昭和四三年三月二〇日に時効により消滅した。

(二) 仮に、原告が昭和四〇年三月二〇日に本件損害及び加害者を知らなかつたとしても、原告は、その機関である検察官が本件不法行為につき、相被告山崎(普通貯金について)及び戸倉町収入役訴外中村貞雄(定期貯金について)の両名を業務上横領罪で起訴した同年六月一日には本件損害及びその加害者を知つたものであるから、被告滝沢の不法行為責任は同日から三年を経過した昭和四三年六月一日に時効により消滅した。もつとも、検察官は、事実認定又は法令の適用を誤り、相被告山崎及び訴外中村が戸倉町、上山田町又は組合の歳計現金を横領したものとして起訴したものであるが、それは検察官の独善的な見解に過ぎず、客観的事実は唯一つであつて、その事実を起訴した以上その時点において原告は本件損害及び加害者を知つたものと解するのが相当である。

第四原告の被告らの抗弁に対する認否

一  過失相殺の抗弁について

1  抗弁1 (一)の事実については否認する

本件簡保積立金騙取事件は、その動機が訴外信栄の運営資金に充てるためであつたとしても、また、犯行の内部分担が如何なるものであつたとしても、被告らが訴外柳沢と共謀して故意をもつて原告を欺罔して簡保積立金を騙取したもの(ちなみに、本件の刑事々件において被告らは確定判決により詐欺罪の共同正犯であることが確定している。)であり、郵政業務に精通しきつた訴外柳沢及び被告滝沢が、町及び組合の収入役である被告山崎の加担を得て、貸付手続に必要な一切の各団体の書類その他附属書類一切を形式的に完璧に調えて行つた用意周到な計画に基く巧妙な犯罪である。したがつて、被告らも訴外柳沢と同じ立場にあるものとして同様の責任を負担すべきであり、原告に対してその過失をなじり、その損害賠償額の滅殺を主張し得る立場にはない。

2  抗弁1 (二)の事実のうち、簡保積立金の貸付に関し、被告ら主張の各規則、取扱方針及び事務取扱要領が存したこと及び保険部運用課長が現地に赴いたことは認めるがその余の事実は否認する。運用課長が現地に赴いたのは別表一番号1の借入の実地調査ではなく、昭和四〇年度の短期融通原資が少く地方公共団体の要望通りの貸付決定ができないおそれがあるので、その趣旨を徹底させて借受団体の協力を得る趣旨であつた。また、本件のような短期融通については、借受団体が地方公共団体ないし特別公共団体であるから極めて信用度が高いこと、貸付期間も三ケ月と短いこと、借受団体の職員の給料等借入に急を要する場合が多いこと及び借受団体自体の予算に比較すれば一回の貸付額が少額であること等の理由から、借入申込書類の審査は一件ごとに慎重に行われるものの、異る時期における同一借受団体又は異る二つの借受団体の申込書類を比較検討することは事務手続上要請されていないし、実地調査についても審査において疑義のあるもの及び償還について遅延のおそれのあるもののみ重点的に行われるものである。そして、本件借入申込書類は形式上完璧なものであつたから、本件貸付手続について郵政局側には何らの手落ちはなかつた。

むしろ、本件は、前述のとおり被告ら及び訴外柳沢がその各職務上の地位、権限及びこれより得た町役場ないし郵政局内部の事情、簡保積立金貸付手続に関する知識を活用して行われた郵政史上極めて珍しい特殊かつ巧妙な犯罪で、被告らは犯行を隠蔽しようとして、形式上完全な書類を調え、また、郵政局を経由する借受団体宛の書類を抜き取つたり返済又は借替えを繰り返して貸付担当職員を信用させる工作をしたものである。

3  以上のように、本件不法行為につき原告には過失は存しないが、仮に何らかの過失が存したとしても、前述のような立場にある被告らが、原告に対し被告らの犯罪を未然に防止すべきであるとか、又は早期発見すべきであるとかを主張してその損害賠償額の滅殺を主張することは社会通念上許容されないもので信義則に反するし、また、被告らの故意に比して過失相殺を認めるべき程度にも至らない軽微なものである。

二  時効の抗弁について

1  被告滝沢の最後の不法行為の日が昭和四〇年三月二〇日であること及び検察官が本件郵便貯金業務上横領事件につき同年六月一日に訴外中村及び被告山崎(以下、本項=第四の二=においては中村らと称する。)を被告滝沢主張のように起訴したことは認めるがその余の事実は否認する。

2  原告は、被告滝沢の不法行為に関する原告の損害賠償請求権の消滅時効の起算点を次の事由により、第一次的に昭和四五年一一月二四日、第二次的に昭和四四年三月二八日と考えるので、本件請求権は未だ時効により消滅していない。

(一) 本件の特徴

本件事実は、戸倉町収入役訴外中村と上山田町収入役被告山崎がそれぞれ町の公金を訴外柳沢及び被告滝沢(以下、本項=第四の二=においては被告滝沢らと称する。)に交付し、被告滝沢らから郵便貯金通帳又は定額郵便貯金証書の交付を受け、被告滝沢らが右金員を勝手に使用したものであるところ、これを法的に評価すると被害者及び加害者が全く異つてしまうという性質を持つものである。すなわち、第一に、中村らが各町の公金を業務上横領して被告滝沢らに貸与し、その借用証の代りとして被告滝沢らから前記通帳・証書の交付を受けたものと事実構成すると被害者は戸倉町及び上山田町で加害者は中村らとなり、第二に、中村らが町の公金を正規の郵便貯金として戸倉郵便局に寄託し、被告滝沢らが国の公金を業務上横領したものと事実構成すると被害者は国で加害者は被告滝沢らとなるのである。そして、犯行の対象物件が金銭という観念的・抽象的かつ流動的な物品であるため、何時、何処で、誰が誰の金員を横領したかを認定し、その被害者及び加害者を知るためには、関係当事者の供述と前記通帳の性質(正規のものか又は借用証か)の解明をまつ以外にはない事件である。

(二) 本件の経過

本件事案が発生した当時、関係者である前記中村、被告山崎、同滝沢は、本件郵便貯金は正規のものではなく、中村らがそれぞれ保管する町の公金を被告滝沢らに貸与した旨供述し、前記通帳及び証書に右供述を裏付ける重大な形式的不備があつたこと等から、検察官は前記第一の事実構成・法的評価の立場をとり、中村らを業務上横領罪として起訴した。ところが、その後昭和四一年六月一六日の第一二回公判期日に至つて前記中村、被告山崎及び同滝沢が従前の供述を覆し、郵便貯金は正規のもので、通帳・証書は真正に作成されたものだと主張するに至つた。

昭和四四年三月二八日、長野地方裁判所上田支部は、本件事実について中村らに無罪の判決を下した。しかし、その無罪理由は、前記関係者の検察官に対する供述調書の証拠能力を否定した結果、証拠不充分としたもので、積極的に被告滝沢らが加害者であり、彼らにより原告が公金を横領され被害を蒙つたものと判断したものではなかつた。

検察官は、第一審判決を不服として控訴したが昭和四五年一一月九日、東京高等裁判所は、本件事案について控訴棄却の判決をし、右判決は同年同月二三日に確定した。そして、右控訴審判決は、「中村らはそれぞれ保管する町の公金を被告滝沢らの要請により正規に戸倉郵便局に貯金したものである」旨判示して、積極的に前記第二の立場をとることを判断したのである。

(三) 原告の認識

ところで、民法七二四条の短期消滅時効が進行するための要件である損害を知るとは「客観的に損害が自己に生じたことを知る」ことであり、また、加害者を知るとは「損害賠償請求を行使すべき相手方を知る」ことであり、かつ、この二つを現実的・具体的に認識することにより短期消滅時効が進行するのである。

ところで、原告は、本件不法行為発覚後、これが起訴された当時においては、民法上の不法行為責任を負担する者は中村らであり、被害者は戸倉町及び上山田町と認識していたものであり、そのように認識するについて前述のように合理的事由が存したのである。そして、この認識は控訴審判決確定まで継続し、右判決の確定により始めて被告滝沢らが戸倉郵便局の公金を横領したものであつて、国が損害を蒙つたこと及び損害賠償請求を行使すべき相手方が被告滝沢らであることが客観的に確定されそのように認定したのである。そして、第一審判決によつて中村らが無罪となつた時点においては、その無罪理由が証拠不充分というものであること及び検察官が控訴理由有りとして控訴していたのであるから、右判決によつて直ちに加害者が被告滝沢らであると確知することは困難であつたし、また、第一審公判手続中に関係者が供述を覆した時点では、いまだ何ら客観性の裏付けのない一方的主張にしか過ぎないものを資料としてその段階で加害者を被告滝沢らと認識することは不可能であつた。

以上の事実から、原告は、短期消滅時効の起算点を第一次的には控訴審判決確定の日である昭和四五年一一月二四日であると主張し、第一審判決言渡の日である昭和四四年三月二八日を予備的に主張する。

第五証拠関係<省略>

理由

一  当事者間に争いない事実

被告山崎が昭和二八年九月三〇日以降上山田町及び水道組合の収入役として町及び組合の会計事務一切を担当していたこと及び被告滝沢が昭和三三年六月一日以降戸倉郵便局の局長代理として同郵便局長訴外柳沢勝三を補佐して同局の事務一切を処理していたことは当事者間に争いがなく、訴外柳沢勝三が事実上経営していた訴外信栄が昭和三八年ごろ経営不振になつていたことは原告と被告滝沢間に争いがない。

二  被告らの共同不法行為(簡保積立金騙取事件)について

1  <証拠省略>をあわせると、簡易保険積立金(簡易生命保険及び郵便年金積立金)の短期資金融通の手続は次のとおりであることが認められる。

簡易保険積立金の短期融通は、普通又は特別地方公共団体の年度内の財政調整資金(主として職員の給与等)として三ケ月を限度として、税収その他の確実な歳入金を見返りとして償還するものに対して融通するものであつてその手続は次のとおりである。

借入団体から積立金融通事務窓口である受持郵便局に対し、金額・時期・使途等を記入した借入希望調書を提出し、受持郵便局において右希望調書の真偽、借入の必要性、償還の確実性等を調査して融通副申書を作成し、右希望調書に副申書を添付して郵政局に提出する。郵政局は、右二通の書類を審査するとともに管内の

当月分の融通計画を立案し、受持郵便局に対し融通予定額と借入申込書用紙を送付し、受持郵便局が借入団体に右借入申込書用紙を交付する。借入団体は、右借入申込書用紙に必要事項を記載して受持郵便局に提出し、受持郵便局において再度書類の内容を審査したうえ郵政局に送付し、郵政局において、借入団体の公印の有無、借入の必要性、見込財源の確実性等を審査のうえ貸付額を決定し、借入団体に対し書留郵便で払渡通知書、借用証書用紙等を送付し借入団体は郵便局に払渡通知書と作成した借用証書を持参して貸付金を受領する。

以上のように認めることができる。

2  <証拠省略>をあわせると、次の事実を認めることができる。

戸倉郵便局長訴外柳沢勝三は自らが事実上経営していた株式会社信栄が昭和三五年ごろから営業不振に陥りその運営資金に困窮するようになつたため、そのころ、自己の部下であり右会社の経理一切を担当していた被告滝沢に運営資金の調達方法を相談した。その結果、訴外柳沢と被告滝沢は、戸倉町及び上山田町からそれぞれ町の公金を貯金して貰い、これを横領して右運転資金に充てることを企て、戸倉町収入役訴外中村貞夫及び上山田町収入役被告山崎にその協力方を依頼しその了承を得て右各貯金を横領してこれを前記会社の運転資金に充てていたが、右各町に対する返済金に窮したため、その手続等につき熟知している簡易保険積立金の短期融通制度を利用して金員を騙取することを共謀した。

ところで、右積立金短期融通制度を利用するには、普通又は特別地方団体である借入団体の名義が必要なため、訴外柳沢と被告滝沢は、上山田町の収入役でもあり、かつ水道組合の収入役でもある被告山崎に右騙取の意図及びその方法を伝えたうえその協力を求めた。被告山崎は、上山田町及び水道組合が正規に簡易保険積立金等を借り入れるについては、戸倉郵便局の世話にならざるを得ないこと、子供が訴外柳沢の紹介で戸倉郵便局に就職したこと及び前記貯金の横領について協力した金員の返済がなければ自らも困ること等の事情から訴外柳沢及び被告滝沢の簡易保険積立金の騙取に加担して便宜を計ることを承諾した。

そして、被告らは、訴外柳沢と共謀して、

(一)  昭和四〇年三月一五日に借入希望金額二五〇〇万円その他必要事項を記入し、借入団体として水道組合組合長小山茂樹千と記入し、かつその名下に被告山崎が職務上保管していた組合長印を押捺した長野郵政局長宛の借入希望調書を偽造し、これに「適当である旨」記載した同月一八日付戸倉郵便局長作成の副申書を添付して長野郵政局に提出し、貸付額金一六〇〇万円との査定を受け、同年四月五日、郵政局から送付された借入申込書用紙に借入金額一六〇〇万円その他必要事項を記入し、借入団体として前同様の記入をしたうえ、前同様被告山崎が保管していた職印を押捺して水道組合長名義の郵政大臣宛の借入申込書を偽造したうえ、翌六日、これを真正に成立したもののように装つて関係書類を添付して長野郵政局長に提出して同局長及び係員らをして真実水道組合が借入を申入れたものと誤信させ、同月一〇日ごろに水道組合に対する積立金短期貸付名下に金一六〇〇万円の交付を受けてこれを騙取し、

(二)  同年四月一三日に借入希望金額二〇〇〇万円その他必要事項を記入し、借入団体として上山田町町長小山茂樹千と記入し、かつその名下に被告山崎が職務上保管していた町長印を押捺した長野郵政局長宛の借入希望調書及び借入希望金額九〇〇万円その他必要事項を記入し、借入団体として水道組合組合長小山茂樹千と記入し、かつその名下に前記(一)同様職印を押捺した長野郵政局長宛の借入希望調書を各偽造し、これにいずれも「適当である」旨記載した戸倉郵便局長名義の副申書を添付して長野郵政局に提出し、町関係については金一五〇〇万円、水道組合関係については金五〇〇万円との査定を受け、同年五月一日郵政局から送付された各借入申込書用紙に金一五〇〇万円又は金五〇〇万円その他必要事項を記入し借入団体として前同様の各記入をしたうえ、前同様被告山崎が保管していた各職印を押捺して上山田町長又は水道組合長名義の郵政大臣宛の各借入申込書を各偽造し、翌六日ごろ、これを前(一)同様の方法で長野郵政局長に提出して前(一)同様局長及び係員らを誤信させ、同月一〇日ごろ、戸倉郵便局において町又は水道組合に対する積立金短期貸付名下に合計金二〇〇〇万円の交付を受けてこれを騙取した。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三  被告滝沢の不法行為(郵便貯金横領行為)について

<証拠省略>に前記認定事実をあわせると、次の事実を認めることができ、これを左右するに足る的確な証拠はない。

1  訴外株式会社信栄の実質上の経営者である訴外柳沢勝三とその経理一切を掌握している被告滝沢は、右株式会社信栄の運転資金に困窮し、昭和三五、三六年ごろから戸倉町収入役訴外中村貞雄及び上山田町収入役被告山崎直から公金を貯金して貰つてこれを右運転資金に流用し、右各町の会計年度には一旦返還して、再び同様の方法により貯金を流用することを反覆していたところ、昭和三八年三月ごろ以降、右信栄の手形決済又は金融機関等への返済資金に窮し、前同様の方法で自らの地位及び職務を利用して郵便貯金を横領することを共謀した。

2  被告滝沢は、訴外柳沢とともに、戸倉町収入役訴外中村貞雄に対して前記事情を打明けて公金の貯金を依頼し、訴外中村から戸倉町収入役中村貞雄名義で

(一)  昭和三八年三月一五日に金二〇〇万円を定額郵便貯金(定むには六六八三)として

(二)  同年六月二六日に金一五〇万円を定額郵便貯金(定むには六八六四)として

いずれも同額の小切手で預け入れを受けながらそのころ、いずれもこれを正規に国庫に歳入受入手続をしないで前記信栄の運営資金に充てて横領し、原告に対し、これと同額の損害を与えた。

3  被告滝沢は、訴外柳沢とともに上山田町収入役被告山崎直に対し前同様の方法で公金の貯金を依頼し、被告山崎から上山田町収入役山崎直名義で左記記載の日時に左記記載の金額を普通郵便貯金(むには一九二七〇)としていずれも頂け入れを受けながら、そのころ、いずれもこれを正規に国庫に歳入受入手続をしないで前記信栄の運営資金等に充てて横領し、原告にこれと同額の損害を与えた。

(一)  昭和三九年一月一四日に金一〇〇万円(金額七〇万円の小切手及び現金三〇万円)

(二)  同年一月三一日に金一二〇万円(同額の小切手)

(三)  同年五月一一日に金一〇〇万円(右同)

(四)  同年六月一二日に金五〇万円(現金)

(五)  同年七月三〇日に金五〇万円(現金)

(六)  同年八月二五日に金一〇〇万円(同額の小切手)

(七)  同年一〇月三一日に金四〇万円(右同)

(八)  同年一二月一九日に金三〇万円(右同)

(九)  同年同月二八日に金二二〇万円(現金)

(一〇)  昭和四〇年三月二〇日に金七〇〇万円(右同)

四  被告らの過失相殺の抗弁について

被告らは,前記二認定の不法行為(簡保積立金騙取事件)について、原告にも過失がある旨主張するので判断する。

1  訴外柳沢を戸倉郵便局長に選任し、かつ、その監督を怠つたとの点について、

前記二認定の事実によれば、簡保積立金の騙取は、いずれも前記信栄の運営資金に充てるためになされたものでありその動機及び実体からみて、右不法行為の主導的立場にあつたのは訴外柳沢であることは明らかであるが、被告らもまた、その動機はともかく、いずれも自らの意思で右不法行為に加担し、被告滝沢は積極的に郵便局内における工作の実質面を、被告山崎は右不法行為に必要不可欠な借受団体の名義作成をそれぞれ分担して訴外柳沢と共謀して本件不法行為をなしたことが認められるのであつて、訴外柳沢が自ら原告に対してその選任監督についての過失を過失相殺として主張し得ない(訴外柳沢の本件不法行為及びそれによつて発生した損害と原告の右選任監督とは相当因果関係にないと認められる)と同様に、被告らもまた、右過失を主張し得ないと考えられる。

したがつて、この点の原告の過失の存否を判断するまでもなく被告らの主張は理由がない。

2  本件借受手続に関する原告の過失について

<証拠省略>をあわせると、郵政局係員において簡保金の短期融通資金借入希望調書を審査するに際し、必要事項の記載のない申込書を見落して貸付をしたこともあつたこと及び本件貸付についても、前記二認定の各希望調書を比較検討するとその記載内容において相矛盾する点が存するのにこれを発見し得なかつたことが認められるが、<証拠省略>によれば、もともと簡保金の短期融通制度は借入側が地方公共団体であつて、かつ、職員の給料等早急に借入れる必要のある場合が多く加えて、受持郵便局長の副申書が添付されているのであるから、希望調書自体は慎重に審査しても、その裏付となる実地調査及び各希望調書の比較対照等は殆ど行われないのが実情であることが認められ、本件貸付に際し、実地調査を行わず、また、各希望調書を比較対照しなかつたからと云つて、本件貸付手続に過失があつたとは直ちに認め難い。また、<証拠省略>によれば、被告らは、本件借受手続に際し、当初から短期融通資金を騙取する意図をもつてその犯行の発覚を防止する種々の隠蔽工作をし、むしろ前記係員の過失を期待し、又は誘発するようにして本件不法行為をしたもので、仮に、原告に本件貸付手続に関し、過失があつたとしても、右過失をもつて過失相殺の主張をすることは公平の観念から許されないと考えられる。

したがつて、この点の被告の主張も理由がない。

五  被告滝沢の時効の抗弁について

被告滝沢は、前記三認定の不法行為(郵便貯金横領事件)に基く損害賠償債務は、少くとも昭和四三年六月一日の経過とともに時効により消滅した旨主張するので判断する。

1  前記三認定の事実に<証拠省略>によれば、被告滝沢の右郵便貯金横領行為は、昭和三八年三月一五日から昭和四〇年三月三〇日にわたり行われたこと、原告国の機関である検察官は、右郵便貯金横領事件について、昭和四〇年六月一日に長野地方裁判所上田支部に対し、訴外中村及び被告山崎の被告滝沢に対する金員交付行為は、訴外中村らが収入役として業務上保管する町の公金を訴外柳沢及び被告滝沢に貸与して横領したものとして、訴外中村(前記三、2認定の事実につき)及び被告山崎(前記三、3認定の事実につき)を起訴したこと、右上田支部は、昭和四四年三月二八日に右公訴事実について、被告滝沢の検察官に対する供述調書の証拠能力を否定し、他に右公訴事実を認めるに足る証拠がないとの理由で無罪の判決をしたこと、検察官は、右判決を不服として控訴し、東京高等裁判所は、昭和四五年一一月九日、訴外中村及び被告山崎の右金員交付行為は「訴外中村らが本件金員が前記信栄の運営資金に流用される事情を知つていたとしても、金員交付の形式及び手続からみて正規の郵便貯金である」旨判断して控訴棄却の判決をし、右判決は同年同月二三日に確定したことが認められる。

2  次に、<証拠省略>をあわせると、本件郵便貯金横領事件について、被告山崎、同滝沢及び訴外柳沢は、第一審の公判中途まで訴外中村及び被告山崎がその保管する町の公金を横領して被告滝沢らに貸与した旨、また、被告滝沢及び訴外柳沢が、右中村らに交付した定額及び普通貯金の証書及び通帳は、単に借用証の代りである旨の供述をしていたこと、金員預入の手続及び前記証書及び通帳には、形式上郵便貯金規則、郵便貯金取扱規程に違背する不備(例えば、預入申込書が提出されておらず、証書又は通帳に記入すべき事項の記入のないこと)があつたことが認められる。

3  ところで、民法七二四条の短期消滅時効は客観的に損害が自己に発生したことを知り、かつ、損害賠償請求すべき相手方を知つた時から進行するものであるところ、前記郵便貯金横領事件については、訴外中村、被告山崎、同滝沢のいずれもが、本件金員が前記信栄の運営資金に流用されることを了知していたもので、結局、訴外中村、被告山崎の被告滝沢に対する金員交付行為の性質を正規の貯金とみるか、又は、横領の事後的行為とみるかによつて、加害者及び被害者が、それぞれ異なるのである。そして、前記1の事実によれば、原告国は、当初、加害者を訴外中村及び被告山崎と、被害者を、戸倉町及び上山田町と認識し、右認識は、前記控訴審判決があるまで継続し、右判決の確定によつて始めて、被告滝沢が加害者で、原告国がその損害を蒙つた被害者であると確定的に認識したもので、前記2認定の事実によれば、控訴審判決の確定するに至るまで、右のように認識していたとしても、無理からぬところであつたと認められるのである。因みに、<証拠省略>によれば、原告は戸倉町及び上山田町に対し、前記控訴審判決後の昭和四六年二月一七日に、前記各金員交付の正規の貯金であつたとしてその貯金額に正規の利子を付して払戻しをしている。

4  叙上認定の事実によれば、本件郵便貯金横領事件について、短期消滅時効の起算点は昭和四五年一一月二三日と認めるのが相当であり、本訴提起は昭和四七年二月一七日であるから、被告滝沢の抗弁は理由がない。

六  してみれば、被告らは原告に対し、各自前記二認定の合計金三、六〇〇万円のうち、原告の請求する金二、五七三万九、六〇八円及びこれに対する最後の不法行為の日の翌日である昭和四〇年五月一一日から被告滝沢は前記三認定の合計金一、八六〇万円及び前同様昭和四〇年三月二一日から各支払済みに至るまで、民法所定年五分の遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九三条、第八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木恒平)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例